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【274】 |
ジャンキー大山 (2006年05月02日 09時43分) |
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これは 【273】 に対する返信です。 | |||
( ゜∀゜)アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒゴッ!!!ゴホッ!ゴホッオエェェェー!!! 朝から笑かさんといてくれよー! ‘いいとこある’書いたり、‘うざい’書いたり…情緒不安定なの? 本当に意味解らへんの?どうせまた酔っ払って書いてんやろ?意味は教えないけど!! イタイやつに「うざい」って言われたー> (。>д<)ヾ(−`ω´−。) <イタイやつには、もっと「うざく」なりなさい! イタイやつには、最高のうざさを目指し、한글(ハングル)が得意な“醍醐味”大山でした。 万一、トピが落ちて、500cm君が最後だったら可哀そうなので、ボランティアしました。優しいやろ? レス付けたら、モウシラナイ!! (・`□´・) <安心しな!もうアンタにゃ絡まねぇ〜よっ!! みなさん!(さかずき以外) ご き げ ん よ う ♡ 。 |
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【273】 |
500ml (2006年05月01日 23時12分) |
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これは 【272】 に対する返信です。 | |||
ゴミ大山君!チョッチうざいね! レスの意味がよーわからん。はっきり言って、日本語下手! それから、一般の人に「信太山」とか言うても通用シナイから、連発しないこと・・疑われるよ! じゃ、股! |
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【272】 |
ジャンキー大山 (2006年05月01日 10時22分) |
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これは 【トピック】 に対する返信です。 | |||
そろそろやネ♡ 逝くかねぇ? 500ccちゃん!間に合ってよかたね!(掲載がやで) sageとけーい! |
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【271】 |
500ml (2006年04月30日 17時22分) |
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これは 【270】 に対する返信です。 | |||
☆徳・海殿 ありがとう・・・です。フィクションだと思って居てください。 また、意欲が沸いたら、書きます。 スーさん・・スーサン・・ドックン! ドックン! ♡ 「♪ヨマネ〜〜〜〜」 ってヨ! (_ _; |
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【270】 |
徳・海 (2006年04月30日 10時51分) |
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これは 【269】 に対する返信です。 | |||
とりあえず、スーさんに代わってこれあげます \/ /\ / \ \ / \/ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ | スロパチ | | 〜〜〜〜 | | お守り | | | | 霊験確実 | | 運は貴方 | | と共に | | | | スー | | 大明神 | | | | [徳] | \______/ おもろかったッス〜 殆ど実話なのかな? だとしたら、実弾を受けるってのはかなりレアな経験ですなぁ 運転手の出所後の後日談が書けたらよろすく〜 。 |
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【269】 |
500ml (2006年04月29日 17時22分) |
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これは 【トピック】 に対する返信です。 | |||
仕事はなく、パチンコで気を紛らし時間をつぶす日々が続いた。フィーバータイプの全盛期であり「777」さえ懸かれば、ひと儲け出来るパチの時代で「あんたパチプロ?」と店員に追い出されかかったほど勝てていた。(日も有った。) そんな私を鈴子は責めるでもなく、私専用の酒は店の「キープ時限切れ」で、ラベルに「××ちゃん」とか「○○部一同」とか書いてあるのを毎晩飲んでいた。 心の片隅に、堕落した生活を何とか改善し、人並みの働きをしなければ・・と責める自分がいた。 元より、電気いじりが好きで、そのころ流行だした「パソコン」なるものにひどく興味があった。買ってプログラミングを勉強したいとも思っていたが、堕落しきった生活を一般的な生活に戻すのは困難だった。鈴子が店から戻るのは早い日で午前1時、区切りが悪いと3時近い日も有ったのが原因とも言える。鈴子が帰るまで待っていた。二人の愛は深い物があった。 お互いに、いつも一緒に居たい・・・と思っていた。そのうち、鈴子に頼まれて、時々、鈴子の店を手伝いに行く様になった。ここまでくると病的な愛の深さか?と思えたが、私も同じだった。 そんなある日、J隊の後輩でコンピューターに詳しいのが飲みに来ていた。カウンター越にいろいろな質問をしていると「先輩ならすぐ出来ますよ。ここ行ったらいいじゃないですか。」とプログラミングを教える学校のパンフレットを差し出してきた。 勉強したいな・・・私の気持ちを何よりも後押ししたのは鈴子の一言だった。 「あなたが勉強している姿を見たい・・。お金は私が出すから・・学校に行って、ネ!」 今までのパチプロ?に近い堕落した生活を送った自分では考えられないくらい、毎日まじめに電車に揺られてその学校に通った。パソコンも買った。さらに「Cコンパイラ」を入れるため、100MBのHDDを付加した。当時では馬鹿げた容量だったが、今ではあり得ない容量だ。 3ケ月「C−コンパイラ」をたたき込まれ、卒業後はインターネットにも加入して、フリーウエアの広場で自分の創作物と力を評価してもらった。スクリーンセーバーや簡単なトランプゲームだったがほとんど相手にされなかった。レベルが違いすぎた。 しかし気がつくと生活パターンが昼型人間になっていた。鈴子が「店に来てほしい。」と言わなくなっていた。 数ヶ月、穏便な暮らしが続いた。 学校に通っていたとき友達になったタクシー無線の会社の人から電話をもらった。 「うちに手伝いに来てくれないか?」 「え? うそ、なにも出来ないですよ。」 「いや、前に一回社長達と飲んだじゃん!社長があんたのことすごく気に入っててさぁ・・。今度の仕事、一緒にやりたいってよ! 俺も頼む!」 鈴子は飛び上がるように喜んだ。 セカンドステージが始まった。 時は流れた。 鈴子の店は他人に譲らせた。 私は両親が他界した後、そっと鈴子を籍にいれた。 今は自分の仕事に便利なK市に引っ越し、二人平凡な暮らしを送っている。 毎朝、鈴子がシーズー犬の「リン」を抱いて見送ってくれる。 お ・ わ ・ り ! 読んでくれた人たち(居るのかな?)ありがとう・・・ じゃ、股! 創作意欲が沸いた頃に・・・・ (^^ |
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【268】 |
500ml (2006年04月29日 15時45分) |
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これは 【トピック】 に対する返信です。 | |||
いくつかの疑問が残っていた。 入院中に、あるいは後日に鈴子に聴いた話と、自分自身が警察の事情聴取の際に確認した話や、T君にも確認したことで、大体が理解できた。 「即、逮捕」 私を負傷させ、現場を逃げ出した2人は、不法駐車の現場に戻ったとき、簡単に警察に捕まったそうだ。 運転手が、ヘッドライトを消すのを忘れていたらしい。「見かけないナンバー」に不安を感じた近くの住民が警察に通報したらしく、深夜と言いながらも民・警一体の連携警邏の網にかかったらしい。 「鈴子」 鈴子はNではなく、運転手と別れた女であったこと。 Nは、結婚していなかった。さらに弟分の女である「鈴子」とは会ったこともなかったらしい。鈴子もNのことは名前こそ聞いたことは有るものの、全々知らなかったそうである。 「Nの借金」 Nは、私、T、運転手その他にも多額の借金が有ったそうだ。当然シーマも弟分の車だった。T君と私の前では虚勢を張っていたようだ。 Tの話では、Tには20万の、他の同期達を合わせると100万の借金があった。私の1万などはゴミ程度だった。 しかし、私と会った頃は本当に生活に困って食えないときだったらしく、1万は、後の同期達への借金とは価値が違っていた。T君にはいつも「500が・・500が・・・」と命の恩人のように言っていたと言う。秋葉原で偶然会ったのは、相当の運命の糸だったのだろう、しかし「J隊を去ることになるほどの運命は、どこから誰が持ってきたのだ?」と言いたかった。 「Y市の鈴子」 Nは、「何かの先物取引」みたいな何かで「大きな山」を当てたらしく、今回は返済を兼ねた行脚だったそうだ。 一方、運転手の弟分にも相当額の借金が有ったらしく、「Y市の鈴子」の話も前から聞かされ、かって若かりし頃に住んでいたY市の道案内も兼ねて、「女捜し」の旅を手伝った様だ。 宴席で我々に名前を問いただされて照れていたようにみえたのは、照れていたのでなく「鈴子」という名を思い出せてほっとしたのだろう。 J隊を去ってからは、行くあてもなく、いくばくかの退職金を持って、鈴子の部屋に転がり込んだ。 その最初の夜に鈴子と抱き合った。「初めて出会った時から、この日が来るのを待っていた」と鈴子は言った。 つづく(次回で終わりだよ!。) |
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【267】 |
500ml (2006年04月28日 17時54分) |
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これは 【トピック】 に対する返信です。 | |||
トイレから戻ったとき、悲劇は始まっていた。 「コラ!そっから出てこい!」運転手がママに拳銃を向けていた。 「なんでだ?」私は疑問だらけだった、 「撃てるものなら撃って!死んでやるから!」カウンターの奥から、ママが答えた。ひるみながらも、冷静な返事が妙だった。いきさつがまるで解らなかった。 「止めろ!」私は運転手に飛びかかって行った。DOーン!店内中にとてつもない轟音が響き、同時に右太ももに激痛が走った。 自分の身体に何が起きたのかは解った。しかし、体は運転手に向かって突進していった。 拳銃をつかんで、ひるむ運転手から銃を取り上げるつもりだった・・・しかし、私の体はNにしっかりと阻止され、おまけに右足はブルブルと痙攣を続け、まさに修羅場を呈していた。 「貴様、よけいな事をしやがって!」ほほに一撃をくらい、更に銃弾一発を腹部に受けた。同時にまたも轟音が響いたが聞こえた記憶はない。自分の身体では無いと思いたかったが・・早い時間で意識が遠のいていった。 長い〜長い時間眠っていた。イヤ、気を失っていた。気づくと、病院のベッドにいた。そして、側に鈴子がたたずんで居た。 腕や足にあちこちに針が刺されて、どうやら点滴で命をつないでいたようだ。 意識が戻る感覚と、朝の目覚めかな?と思う感覚はさほど違いが無かったが、身体のあちこちが痛むのと、妙な重い心が自分の尋常ではない状況を少しずつ自覚させようとしていた。 私は、「ん?どこだ・?」と小声で言ったと思ったが、誰に言ったのか・・・ 鈴子は、返事のつもりか、そうでは無いのか?「ごめんね・・」と絞り出す様なかすれた声で言った。 そのあと、鈴子はベッドに顔を伏せて「ウーー」と言葉にならない声で、泣いた。しゃくりあげながらいつまでも泣いていたが、かばいようが無かった。黙って目をつぶっていた。 あの後私は、近くの病院に運ばれ、治療を受けたが、被弾傷は深く、3週以上の入院が必要だった。 鈴子は警察の事情聴取が終わった後、署員に促され、私の見舞いにきたらしい。 ひとしきり泣くだけ泣いた女は、見たこともない田舎女の顔になっていた。その日以降、毎日午後1時ころに、見舞いに来ては、甲斐甲斐しく身の回りの世話をしてくれた。夏場でもあり、下着を持ち帰り洗濯することは言うに及ばず、入浴出来ない身をタオルで拭いてくれた。 隊長が見舞いに来た。「7月1日の昇任は取り消しだ!」と言って帰った。 「この野郎!虫食い以下だ!」と思った。 身からでた錆とは言え、背負った物は自分の人生に照らし合わせない、あまりにもマイナスきわまりない物で、プライドも努力してきた足跡もすべて、灰色になってしまった。 J隊ではもう2度と脚光を受けることは無理と思い退院から1ケ月を経過した頃J隊を去った。 つづく |
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